平成31年(わ)第284号 窃盗被告事件
名古屋地方裁判所令和2年2月17日判決
事案の概要:神経性過食症、窃盗症、解離性障害にり患している40代の女性が前刑で保護観察付き執行猶予判決を得て、その執行猶予の期間内(本件時、保護観察は仮解除されていた)に100円ショップにおいて、食料品24点(販売価格合計2592円)を万引きした同種万引き再犯事案です。

起訴前の捜査段階から当事務所の林大悟弁護士が弁護人に就任しました。

名古屋地方裁判所は、責任能力の争点について、基本的に、弁護側の私的鑑定医の診断を尊重して判断するのが相当であるとし、検察側の簡易鑑定医の意見は、簡易鑑定の性質上鑑定資料が少ないこと等からその信用性に限界がある上、内容にも信用性に多大の疑問があるとして、同医師の考察は採用し得ないと判示しました。
 そして、被告人は、犯行当時約6万円もの現金を所持し、逮捕等のリスクがあることを理解していながら、食料品24点(販売価格合計2592円)を大胆な手口で万引きしているところ、このような大きなリスクを冒す行動をとることは、通常人の感覚からして常軌を逸しており、理解し難いと判示し、被告人が本件犯行に及んだ経緯や動機形成の過程には、神経性過食症及び窃盗症により衝動性が高まった状態にあったことが大きく影響していたことが明らかであるとしました。
 もっとも、被告人が犯行時に概ね合理的な行動をとっていることも認定し、被告人は、犯行に至る経緯や動機の形成過程において、窃盗症及び神経性過食症の影響を強く受けていたものの、自身の行為の意味及びその違法性を理解するとともに、神経性過食症や窃盗症からくる衝動をそれなりにコントロールして行動しており、事理弁識能力及び行動制御能力が喪失し又は著しく減退していたとは認められないと判示しました。
 結論として、被告人は、本件犯行当時、完全責任能力を有していたと認定されました。
 その上で、被告人が過去に執行猶予判決を二回受けており、二度にわたり社会内更生の機会を与えられながら、二度目の執行猶予期間中に本件犯行に及んだものであって、この種事犯の規範意識の鈍麻は著しく、犯情は悪いから、検察官が実刑を求めるのは当然のことと考えられるとしました。
 しかし、本件の被害額が多くはないこと、被害弁償をしていること、被告人が前回の裁判以降、入通院して精神的な問題について専門的治療を受けるとともに、買い物袋を持たず、一人で買い物に行かない旨を家族と約束するなどして再犯防止に取り組み、保護観察付き執行猶予の判決言い渡しから約3年で保護観察が仮解除されるまでになっていたことに照らせば、本件が二度目の執行猶予期間中の犯行であるとはいえ、法律上はもとより量刑上も再度の執行猶予を言い渡す余地がないとまではいえないと判示しました。
 そして、被告人は、本件犯行当時、神経性過食症、窃盗症等にり患しており、本件に至る経緯や動機の形成過程においてその影響を大きく受けていたものと認められるから、かかる事情を考慮すると、被告人に対する責任非難の程度は相当程度減じられるものといえるとし、これに加え、被告人は、本件での保釈後、改めて入院して専門的治療を受け、退院後は窃盗症患者を専門的に扱う法人が管理する寮に入所し、両親や社会福祉士等の支援の下、治療を継続しており、普通の暮らしができるようになりたいとの切実な思いから、治療を継続する決意を表明していることを認めました。
 このように被告人の治療環境が整い、治療意欲も高まっている現状においては、その治療を継続することにより、万引きの原因であった精神的問題が解決され、再犯防止につながることが十分に期待できると判示しました。
 以上のことから、本件は、刑罰よりも治療を優先することが許される事案であって、情状に特に酌量すべきものがあると認め、被告人に今一度、保護観察の下でその刑の執行を猶予して、社会内での治療と更生の機会を与えるのが相当であるとされました。
 
弁護の結果:懲役1年執行猶予5年保護観察付き(検察官の求刑:懲役1年6月)

本件は、前刑で保護観察付き執行猶予判決が言い渡され、その執行猶予期間内に起きた万引き事件でした。しかし、本件当時、保護観察は仮解除されていたため、法律上は、再度の執行猶予(三度目の執行猶予)が可能な事案でした(刑法25条の2第2項・3項、同25条2項)。
そして、名古屋地方裁判所は、被告人の神経性過食症及び窃盗症等の症状が責任能力を左右するほどのものではないものの、犯情として考慮すべきとして、その他の一般情状を踏まえて情状に特に酌量すべきものがある(刑法25条2項本文)と認め、再度の執行猶予を付したものです。
被告人の方は、両親以外の福祉関係者の支援のもと、退院後も安定した環境に身を置き、再犯をせずに過ごしています。