平成31年(ろ)第1号 窃盗被告事件
飯田簡易裁判所令和元年10月29日判決
事案の概要:クレプトマニア(窃盗症・病的窃盗)と診断された60代の女性が前刑の執行猶予判決宣告の約1か月後にスーパーマーケットにおいて、ボイルたらばがに等19点(販売価格合計1万8371円)を万引きした同種万引き再犯事案です。

起訴後に当事務所の林大悟弁護士、福本直也弁護士が弁護人に就任しました。

飯田簡易裁判所は、身勝手な動機に酌むべき点は見当たらないこと、犯行態様は大胆で悪質であり、被害額も約1万8000円と少額とはいえないこと、被告人は、窃盗罪の前歴2件と罰金前科2犯があった上に、さらに、窃盗罪で懲役10月、3年間執行猶予の判決宣告を受け、その執行猶予期間中でありながら、同判決宣告の約1か月後に本件犯行に及んだものであり、その刑事責任は重いというべきであると判示しました。

他方で、被告人は、本件犯行後に私的鑑定医からクレプトマニア(窃盗症、病的窃盗)と診断され、この疾病性が本件犯行に影響を及ぼしていたと考えられるとし、(1)被告人は公判廷において、たらばがにを見たとたんに盗るつもりの感覚になり、その盗る衝動が起きると、執行猶予や家族のことなどは頭に浮かばず、とにかく欲しいという衝動だけだったと述べており、その衝動を抑えることができなかったこと、(2)本件犯行においては、欲しい商品を盗むという動機そのものは了解可能であるものの、被告人は、警備員らしき人の視線を感じながらも万引き行為を止めず、さらに鉢植えの花や買い物かごに入っていた商品もカートに載せて盗むなどの目立つような行為を実行しており、被告人自身も後に、異常だった、と述べるような不合理な行動をとっていること、(3)被告人は、公判廷において、万引きを止めたいと思いながらも止められない自分がいることで、誰にも相談できず、執行猶予になってから本当につらかった旨述べていることなどが認められ、これらからすると、被告人は、本件犯行当時、クレプトマニアの疾病性により、自己の衝動を抑制して行動を制御する能力が減退する方向に影響を受けていたものというべきであり、この点は、被告人に対する責任非難の犯情面において考慮するのが相当であると判示しました。
 また、被告人が本件犯行後に赤城高原ホスピタルでクレプトマニアと診断され、10か月間、赤城高原ホスピタルに入院して治療を受け、MTM(集団ミーティング)療法に900回以上出席するなど熱心に治療に取り組み、退院後も、赤城高原ホスピタルの関連医療機関である京橋メンタルクリニックに通院しながら、KAなどの自助グループに積極的に治療に取り組んでおり、本件犯行後約1年10か月間に再犯はなく、治療による効果が相当程度あったと認められること、被告人が公判廷において、現在は万引きの衝動が起きていない旨供述するとともに、今後も治療に前向きに取り組み、二度と窃盗をしない旨を誓っており、更生への強い意欲が認められること、長女が今後も被告人と同居して指導監督していく旨を約束していることから、再犯の可能性は相当低くなっていると評価できると認められました。
 以上のほか、被害品が被害者に還付された上、被害弁償がなされていること、本件犯行を素直に認めて反省していることを併せ考慮して、「情状に特に酌量すべきものがある」と認められるから、被告人に対しては、再度刑の執行を猶予し、被告人に治療を継続させるとともに、その猶予の期間中保護観察に付して、もう一度だけ、社会内で更生する機会を与えるのが相当と判断しました。

弁護の結果:懲役1年執行猶予5年保護観察付き(検察官の求刑:懲役1年2月)

本件は、摂食障害が合併していない純粋なクレプトマニア患者の万引き窃盗事案でした。クレプトマニア単独の事案において、「クレプトマニアの疾病性により、自己の衝動を抑制して行動を制御する能力が減退する方向に影響を受けていたものというべきであり、この点は、被告人に対する責任非難の犯情面において考慮するのが相当である」と犯情として考慮された点に本件判決の意義があります。
また、本件では、検察側の簡易鑑定医が被告人と面談することなく、被告人はクレプトマニアではない旨の鑑定意見及び意見書を作成していました。裁判所は、それら被告人と面談もせずに作成された鑑定書や意見書の信用性は低いと判示し、被告人がクレプトマニアである旨の私的鑑定書の信用性を否定することはできないと明示したことも重要な点です。
被告人は、現在も娘さん夫婦と同居の上、孫の世話や家事などの自身の役割を見出し、執行猶予期間中、再犯に及ぶことなく平穏に過ごしています。