〇令和3年(わ)第243号 窃盗被告事件
神戸地方裁判所伊丹支部令和5年2月8日判決
事案の概要:解離性障害、複雑性PTSD、抗不安薬エチゾラムによる脱抑制と診断された50代の女性が前刑の執行猶予判決から1年も経たないうちにスーパーマーケットにおいて、食料品等13点(販売価格合計3545円)を万引きした同種万引き再犯事案です。

公判係属中に前任弁護人から引き継ぎ当事務所の林大悟弁護士が弁護人に就任しました。

神戸地方裁判所伊丹支部は、被害結果は軽視できず、本件は執行猶予期間中の同種再犯であり、基本的には厳しい非難を免れず、格別に酌むべき事情がみとめられなければ、再度刑の執行を猶予をするのは相当ではなく、実刑をもって臨むべきとの検察官の科刑意見は十分合理的なものといえる旨判示しました。
ところで、本件では、弁護人が依頼した精神科医により精神鑑定が実施されており、本件犯行当日における被告人の精神科的診断は、解離性障害、複雑性PTSD、抗不安薬エチゾラムによる脱抑制であり、これらの精神障害が本件犯行に与えた影響として、被告人の根底には複雑性PTSDがあり、ストレス負荷に脆弱で、解離を引き起こしやすい状態にあるところ、本件犯行時には過剰服用していたエチゾラムの作用も影響して、解離を発症し、無意識のうちに本件犯行に及んだとされました。
神戸地方裁判所伊丹支部は、上記の鑑定意見は、精神医学の専門的知見に基づく概ね合理的なものであって、特に信用性に欠けるところはないといえるから、本件犯行時の被告人の精神状態を判断するにあたっては、基本的に上記鑑定意見を尊重すべきであり、これを前提に、本件犯行に影響を与えた被告人の精神障害の有無やその程度について検討するとしました。
そして、神戸地方裁判所伊丹支部は、被告人は、本件犯行当時、解離を発症し、解離性のもうろう状態にあり、軽度の意識障害下で本件犯行に及んでいたと認めました。その上で、被告人の外見的な行動からすると、合目的的に行動する能力や自らの行為やその違法性についての認識はほぼ障害されていないとも考えられるけれども、解離性もうろう状態は意識と行動とのまとまりがつかなくなるもので、その状態下でも外見上はまとまった行動と取りうることからすると、事理弁識能力及び行動制御能力は喪失又は著しく減退していものではなくても、これらが相当程度減退していた可能性はあり、被告人が本件犯行に及んだことにつき特段の精神障害の影響がなかったとするには合理的な疑いが残るとし、この点は責任非難を低減する事情として量刑上相応に考慮すべきと判示しました。
そのほか、一般情状として、被害額全額を弁償し、本件犯行による直接的な財産的損害が事後的に回復していること、被告人が本件犯行を認め、保釈後、窃盗症治療の専門病院に入院し、退院後も福祉施設の寮に入って専門家の支援下で生活しながら同病院での治療を継続していること、積極的に治療等を受け、治療を継続する強い意欲を示し、既に本件犯行の誘因となった抗不安薬の断薬を果たすなど一定の治療効果が上がっていること、更生支援計画が立てられており、福祉施設の寮を出た後も具体的な支援がなされる見込みも立っていること、情状証人として出廷した夫は、前刑判決後から被告人に治療を受けさせ、買い物へ同行するなど被告人の再犯防止に向けた努力をしていたが、本件犯行後、より専門的、集中的な治療等を受けられる環境と整えており、公判廷で今後も被告人の監督や治療への支援を続ける旨約束していることなどを挙げました。
その上で、被告人の同種再犯防止のためには、解離性障害やそれと併存する反復窃盗の治療は有益といえ、被告人が治療等に意欲的に取り組み、周囲の者らの協力によってそれを支援する態勢も整えられたことは、具体的な再犯防止策の構築や被告人の反省や更生意欲の高まりの表れとして評価できると判示しました。
神戸地方裁判所伊丹支部は、以上の諸事情を踏まえ、本件は、被害結果を踏まえても万引き事案として特に犯情が悪いものではなく、その行為責任も特に重いとはいえないことに加え、責任非難の程度のほか前記の被告人に酌むべき事情を考慮すれば、再度の刑の執行猶予を相当とする情状に特に酌量すべきものがあるというべきであると判示しました。

弁護の結果:懲役1年執行猶予5年保護観察付き(検察官の求刑:懲役1年2月の実刑)

本件は、当初、前任弁護人によって、被告人がクレプトマニアであることを前提とした弁護活動がなされていました。しかし、被告人や家族から聴取した生活歴や病歴、本件犯行当日の行動からすると、被告人の本件犯行には解離性障害や抗不安薬の薬理効果としての意識障害の影響があったと推察されました。そこで、これらの症状に詳しい精神科医に私的鑑定を依頼しました。
公判の途中から交代した弁護人による新たな主張立証に辛抱強くお付き合い頂いた裁判所や検察官に感謝申し上げます。
被告人や夫は、社会内において治療を受けながら自力更生を図る機会を与えてくれた裁判所の期待に応えるべく主治医と福祉関係者の助力を得て再犯防止に努めています(令和5年3月20日現在)。