〇令和4年(わ)第159号 窃盗被告事件
水戸地方裁判所土浦支部令和5年3月6日判決
事案の概要:窃盗症と診断された70代の女性が前刑の執行猶予期間中にスーパーマーケットにおいて、おにぎり1個等5点(販売価格合計2225円)を万引きした同種万引き再犯事案です。

当事務所の林大悟弁護士が弁護人に就任しました。

水戸地方裁判所土浦支部は、前刑の執行猶予期間中に同種の万引き事件に及んだ被告人は窃盗の常習性が明らかであり、犯情として、実刑をもって臨むべき事案ともいえそうであるとしつつ、被害額が低額ではないものの被害品が還付されていること、被害者に被害額を弁償の上示談して宥恕を得ていることから事後的に被害回復があったとみることができると判示しました。
また、被告人が本件犯行当時、自己が執行猶予期間中であることを十分に自覚し、相当額の所持金や潤沢な資産を有していながら、なお本件犯行に及んだことや被告人にとって、本件窃盗による利益はそのリスクに明らかに見合っておらず、不合理な行動であって、被告人の主治医が述べるとおり、犯行には窃盗症の影響があった可能性があるとし、被告人の行動制御能力には、著しくはないものの多少の減退があったとみることができ、本件犯行についての責任非難もある程度は軽くなるといわざるを得ないと判示しました。
なお、検察官は、被告人は自己消費目的で窃盗をしており、窃盗症の診断基準を満たしていないから、医師による窃盗症の診断は前提が欠けていると主張しました。
しかし、水戸地方裁判所土浦支部は、被告人の主治医の意見書を尊重し、盗んだ品物を欲しいと考えていたり消費できたりしたとしても、必要な物でなければ窃盗症の診断基準を満たすと考えられるとし、本件被害品も従前の犯行に係る被害品も、被告人にとって盗んでまで入手する必要は特にない物だったといえるのだから、医師の診断の信用性に疑問はないと判示しました。
以上の犯情評価を前提に、水戸地方裁判所土浦支部は、一般情状として、被告人が本件事実を認めて反省の態度を示すとともに、保釈中に主治医の下、新たな治療に意欲を持って積極的に取り組んでおり、今後も定期的な通院治療を予定していること、被告人の夫も、通院、買い物などの外出について必ず被告人と行動を共にするなど、被告人の再犯防止に努めており、被告人もその監督に従う旨述べていることを被告人に有利な事情として評価しました。
なお、これらの情状事実は、前回のさい万事に既に被告人が約束していた対策とおおむね同様のものであり、検察官は、被告人が実際にはこの約束を守れずに本件犯行に及んだ経緯を指摘しました。
しかし、被告人が結果として前回の約束を守れなかった経緯は、新型コロナウイスルの流行により治療のためのミーティングが中止されたり、家族の介護等の事情で治療や夫の支援を受けるにも限界があったという事情がありました。
水戸地方裁判所土浦支部は、このような経緯を適切に考慮し、被告人が、今回、再犯に及んでしまったことを真摯に受け止め、家族の施設入所等により介護に一定の見通しが付いたことも前提に、改めて再犯防止の態勢構築をしようと尽力していることは、その刑を軽くする方向で考慮すべきと判示しました。
その他、被告人が現在70歳と高齢であること、癌の再々発の治療中であることなど被告人のために酌むべき一般事情を考慮の上、刑の執行を猶予しつつ、執行猶予期間を4年と比較的長期間とし、なおその更生に万全を期すため、猶予期間中保護観察に付すると判示しました。

弁護の結果:懲役1年執行猶予4年保護観察付き(検察官の求刑:懲役1年)

本件は執行猶予期間中の同種万引き事件であり、検察官は窃盗症の診断を否定し、懲役の実刑を主張しました。検察官は、医学的な裏付けを欠いたまま精神科医の診断を論難したり、前回判決から本件に至るまでの経緯を踏まえずに被告人が約束を違えた等と主張するなど、形式的・皮相的な主張に終始していました。これに対し、水戸地方裁判所土浦支部は、精神科医の意見を尊重し、窃盗症の診断を是認するとともに、窃盗症の影響による行動制御能力の減退を認定し、適切な犯情評価をした上で、調整要素としての一般情状の評価も適切に行い、懲役の実刑を回避し、被告人に社会内での更生の機会を与えました。
被告人は、林弁護士に対し、裁判官の期待を裏切ることがないように治療に専念し、夫も一層気を引き締めて被告人を指導監督する旨誓約していました。