〇平成29年(う)第1884号 窃盗被告事件

東京高等裁判所第2刑事部平成30年3月27日判決

事案の概要:前頭側頭型認知症に罹患している50代後半の女性が執行猶予期間中にスーパーマーケットで、生椎茸等5点(販売価格合計1268円)を窃取した、という事案でした。当事務所の林大悟弁護士が捜査段階の途中から1審・控訴審の弁護を担当しました。被告人は在宅の捜査段階では、前任弁護人の方針で窃盗症の専門病院に入院していましたが,林弁護士が受任後に鑑別診断を実施した結果,前頭側頭型認知症であることが判明したため、認知症専門病院へ転院しました。原審は,弁護側が依頼した医師の意見書の信用性を認め,前頭側頭型認知症による本件犯行への影響を認めましたが,その影響の程度は小さかったと認定し,被告人が前刑で約した医療機関受診をさしたる理由なく違えた点を指摘し,「今回,再度執行猶予を付すのは適切ではなく実刑に処するのが相当である」と判示し,懲役10月の実刑としました。

弁護側の量刑不当を理由とした控訴に対し、東京高等裁判所第2刑事部は、「原判決がいうように,前頭葉機能の障害によって刺激に対し脱抑制的に反応してしまい,状況に応じた対応が取れないことで,窃盗行動の抑制の失敗に繋がったなどの可能性がある,というのであれば,被告人は,脳の疾病により行動制御能力を器質的に障害されていたことになるから,その機序の性質上,特段の事情がない限り,その影響は小さくないはずである。原判決は,自らの判断中に矛盾を抱えているといわざるを得ない」と判示しました。

また,「原判決が指摘する被告人の犯行態様や犯行後の言動(当事務所注:前刑判決以降,一度も窃盗行動を起こすことはなかったこと,本件犯行時,逡巡した上で万引きを決意した旨述べていること,犯行発覚回避行動をとっていること,警備員に逮捕された際にお金を払って許してもらおうと思ったと述べていること)は,被告人の状況認識能力があまり低下していなかったことをうかがわせるものの,本件のような事案においては,それらを以て規範に従って行動を制御する能力に問題がなかったという根拠にできるのか疑問が残る。原判決の判断は,経験則等に照らして不合理であり,原判決が説示するような事情があるからといって,FTDによる本件犯行への影響が小さかったなどとはいえない」等と判示し、控訴審での証拠調べの結果、控訴審における認知症専門医の証言によれば,「FTDという疾病の特性上,万引きの機会がある限り,完全には再犯の危険がないとはいえないことから,そうさせないための環境整備が重要であるというのであり,これを受けて,被告人の家族は,今回被告人が自動車を使って店舗に赴いて犯行に及んだことから,被告人に平成29年11月に自動車免許を返納させてその取消しを受けた上で,買い物を被告人に代わって行い,どうしても被告人本人が購入する必要があるものは通信販売を利用させるなど再犯防止の環境を整えていることが認められる。原判決時に存した事情に加え,上記の原判決後の事情を併せ考えれば,被告人を懲役10月の実刑に処した原判決の量刑は,現時点において,重すぎる結果になったというべきである」と判示しました。

 

弁護の結果:千葉地方裁判所(原審):懲役10月(検察官の求刑:懲役1年6月)

東京高等裁判所第2刑事部(控訴審):原判決破棄・懲役10月執行猶予3年

 

被告人が罹患しているFTDの疾病特性を証拠に基づき適切に認定した上、経験則等に照らし、FTDが本件犯行に与えた影響が小さかったとはいえないとする判示部分は、今後の同種事案における量刑判断の際に参考とされるべき秀逸な判決であると考えます。

また、専門医の助言を受けて被告人や家族が再犯防止のために環境を整えたことを考慮し、現在実践している再犯防止環境を実効的に維持できるように任意的な保護観察を付さなかった点は本件事案に即した適切な判断だと考えます。裁判所の期待を裏切ることのないように今後も被告人と家族を見守っていきます。