令和3年(う)第541号 窃盗被告事件
大阪高等裁判所第3刑事部令和4年4月19日判決

事案の概要:50代女性である被告人が令和元年7月27日、ホームセンターにおいて、クワガタ虫1組等11点(販売価格合計4482円)を万引きし、その事件で検察官の取調べを受けた2日後である同年11月9日、スーパーマーケットにおいて、トートバッグ1個等7点(販売価格合計1万865円)を万引きした事案です。
 1審である京都地裁判決は、被告人が本件各犯行当時、複雑性PTSD及び解離性障害に罹患していた旨の弁護側私的鑑定医の意見について、当該鑑定意見は、万引の動機、経緯について記憶にないという被告人の説明を前提とするところ、被告人は捜査段階では、各商品を万引きした理由について具体的合理的に説明していることから、信用性の認められる捜査段階の供述から変遷している被告人の供述を前提として本件各犯行当時に被告人が解離性障害を発症していたと診断した部分は、採用できないとしました。そして、完全責任能力を認定して、懲役1年の実刑判決を言い渡しました。

原審の私選弁護人から応援要請を受け、当事務所の林大悟弁護士が前任の弁護人と共同で控訴審から新たに弁護人に就任しました。

弁護人の控訴趣意は、事実誤認及び量刑不当の主張であり、①被告人は、本件各犯行時、解離性障害の状態に陥っており、心神耗弱であったとの合理的疑いを払しょくすることができないのに、完全責任能力があったと認定した原判決には事実誤認がある、②原判決は、被告人の疾病性及びその犯行への影響につき正しく認定しておらず、量刑に関する事実誤認があり、被告人の刑の執行を全部猶予すべきというものでした。
大阪高等裁判所第3刑事部は、責任能力の前提事実に関する判断として、本件の証拠関係に照らして、第1事件及び第2事件において、被告人が解離性障害の症状下にあったことは直ちに否定し難いと判示しました。
 そして、「控訴審の事実調べの結果によれば、検察官による第2事件の弁解録取手続の状況は録音・録画されていたこと、この手続きの際、検察官は、被告人が話をしようとしたのを遮って、警察で行われた弁解録取のとおりである旨誘導し、被告人がこれを受け入れて弁解録取書に署名するなどした様子が認められる(信用性は非常に乏しいというべきである)。弁解録取手続の際の被告人の態度等に照らせば、調書作成時には、店内の地図を見ながら順番を言われたり、理由について選択肢を出してもらったりした旨の被告人の原審供述にも相応の理由があることがうかがわれ、直ちに排斥し難いものといえる。」と判示しました。
そして、大阪高等裁判所第3刑事部は、弁護側私的鑑定の信用性について、「弁護側私的鑑定医作成の追加精神鑑定書及び同医師の当審証言によれば、本件各犯行当時、被告人は、解離性障害による意識障害を発症した状態にあったと考えられる、被告人の意識障害は意識の方向性が変化する意識変容(もうろう状態)と考えられ、他覚的には一見まとまった行動のように見えるが、意識の変容により目の前のものに集中しても、その他のことには意識がなかなか向かず、犯行時の言動は記憶に残らない状態であった、複雑性PTSDにり患している者はストレスに対してぜい弱である特性があるので、負荷が掛かった場合に解離を発症しやすいといえる・・・旨の所見が示された。」と判示し、「同医師の医学的知見や経験を基にしたものとして相応に合理的であり、明らかな問題点は見いだせない。当審証言等を含む鑑定の所見を排斥する根拠はなく、これを尊重して判断するのが相当である。」と判示しました。
その上で、大阪高等裁判所第刑事部は、「被告人は、本件各犯行時、解離性障害による意識障害のため是非弁別能力又は行動制御能力の著しい低下があった疑いが残ると言わざるを得ず、原判決は、被告人の完全責任能力を認めた点で事実誤認があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由がある。」と判示し、原判決を破棄し自判しました。
量刑の理由の理由について、大阪高等裁判所第3刑事部は、「同種累犯前科の存在、被害額は少額とはいえないこと、各犯行当時、解離性障害の影響による心神耗弱の状態にあったことを考慮しても、相応の非難は免れない。」判示しつつ、
「他方、被害品の買取りや示談により各被害は回復したこと、記憶がないとしながらも、反省している旨述べたこと、養育を要する子がいることの各事情に加え、KAミーティングに通い、原審時を含めて治療を相当期間継続し、今後も回復の努力を続ける旨述べていることを考慮して、最長期間刑の全部の執行を猶予した上、その期間中保護観察に付することにより、社会内において更生の努力を続けさせるのが相当である」と判示しました。
弁護の結果:原判決破棄・懲役1年執行猶予5年保護観察付き

大阪高等裁判所第3刑事部令和4年4月19日判決の意義は、弁護側が依頼した鑑定医の鑑定意見を尊重し、解離性障害の症状が犯行に与えた影響の機序と程度を適切に認定した点にあります。