令和3年(う)第152号 窃盗被告事件
高松高等裁判所第1部令和4年3月17日判決

事案の概要:被告人は、窃盗症、摂食障害、境界線知能(脳機能障害を含む。)と診断された30代女性であり、令和2年12月4日には窃盗罪、傷害の罪により懲役2年、3年間執行猶予の判決の宣告を受けていました。その判決宣告のわずか6日後に、ショッピングモールにおいて、医療用ドリンク1セット(販売価格合計891円)を万引きし、その翌日にも、同ショッピングモールにおいて、Tシャツ1枚等23点(販売価格合計1万1250円)を万引きして逮捕・起訴されました。
前任の私選弁護人からは懲役の実刑になる旨を伝えられたため、被告人の母親が主治医に相談し、主治医から紹介された当事務所の林大悟弁護士が前任の弁護人と交替して新たに弁護人に就任しました。
 原審は、弁護側の私的鑑定医の意見を踏まえ、事理弁識能力及び行動制御能力について、相応に障害されていた疑いがあるとはいえるものの、いずれも大きくは障害されていなかったと認められるとして、完全責任能力を認めるとともに、いずれの犯行も手慣れた犯行態様であること、被害金額も合計約1万2000円に及んでおり軽視できないこと、前刑でなるべく一人で買物に行かない、買物に行くときは鞄類を持たないようにする旨述べていたにもかかわらず、そのわずか6日後に、一人で鞄を持ってショッピングモールに出掛けて、第1の犯行に及び、翌日に第2の犯行に及んだことから法律を守る意識は乏しいといわざるを得ないとして、相応の期間の懲役刑の実刑に処するのはやむを得ないと判示し、懲役8月の実刑を言い渡しました(検察官の求刑:懲役1年4月)。
 これに対し、即日、弁護側が控訴したのが本件です。
 高松高等裁判所第1部は、上記の原判決の量刑事情の認定及び評価は相当であり、原判決宣告時において、原判決の量刑が重過ぎて不当であるとはいえないと判示しました。
 その上で、原審記録及び当審における事実取調べの結果によれば、被告人は、原判決時までにも依存症回復支援施設に入所したり、病院に入院したりするなどしてきたものであるが、さらに、原判決後、東京都に転居し、弁護士法人(注:鳳法律事務所)との顧問契約に基づく見守り支援や訪問看護を受けるなどして安定した生活を送る中、前記入院の際の主治医であった医師の勤務する病院への通院治療、摂食障害の専門医がいる別の病院への通院治療、臨床心理士によるカウンセリングを定期的に受けていることが認められること、また、被告人の母親は、当審において、被告人の父親とも協力して、経済的な面を中心に、引き続き、被告人の更生に対する支援を行っていく旨証言していることなどを理由として、原判決後、被告人が更生するための、より良好な環境が整えられたことに加え、原判決後が指摘する量刑事情を併せ考えると、現時点の被告人に対しては、直ちに実刑に処するのではなく、長期間にわたる公的な監督のもと、今一度、社会内で更生する機会を与えることが相当になったというべきであると判示しました。
弁護の結果:原判決破棄・懲役1年執行猶予5年保護観察付き

被告人は、原審時から治療に積極的に取り組むとともに、退院後は、都内に転居し、当事務所と顧問契約を締結し、見守り支援や訪問看護を受けるなどし、再犯防止の環境が整備されました。高松高等裁判所第1部は、これらの環境調整や被告人の治療への真摯な取り組みに期待して再度、社会内で更生する機会を与えてくれたものです。今後も、裁判所の期待に応えるべく見守りを継続していきます。
追記:2023年2月現在、元被告人の方は、再犯に及ぶことなく平穏に生活を送ることができています。