令和3年(わ)第5号 窃盗被告事件
山口地方裁判所岩国支部令和3年11月29日判決

事案の概要:被告人は、窃盗症、摂食障害、ため込み症に罹患した50代女性であり、同種万引き事件の執行猶予判決から1年7か月ほど後の猶予期間中にドラッグストアにおいて、惣菜パン3個等4点(販売価格合計415円)を窃取して逮捕・起訴されました。
 当初、選任された国選弁護人から「120%実刑だよ」と言われたため、地元の他の弁護士に相談をするも、異口同音に「懲役の実刑になる」と言われたとのことです。
起訴後に当事務所の林大悟弁護士が弁護人に就任しました。

 弁護側で私的鑑定を実施し、窃盗症、神経性無食欲症、ため込み症が本件犯行に影響を与えていた旨の精神科医の意見が証拠となりました(鑑定書及び医師の公判供述)。
 他方、検察側は、簡易鑑定も実施しておらず、私的鑑定を弾劾する他の精神科医の意見等の証拠も提出しませんでした。
 争点は、(1)被告人は窃盗症に罹患していたか否か、(2)精神障害が犯行に与えた影響の有無・機序、(3)精神障害が犯行に与えた影響の程度、(4)情状に特に酌量すべきものがあるか否かでした。
 山口地方裁判所岩国支部は、(1)について、被告人を窃盗症と診断した私的鑑定医の鑑定能力や鑑定の前提事実、条件には特に問題はうかがわれず、私的鑑定医の判断にも不自然、不合理な点はないから、私的鑑定医の判断は信用できると判示しました。
 また、山口地方裁判所岩国支部は、(2)についても、「精神障害が本件犯行に与えた影響の機序については、まさに精神科医がその専門的知見に基づいて判断すべき領域であり、その判断に不自然、不合理な点がない限り十分に尊重すべきものといえる」と判示し、被告人の窃盗症や神経性無食欲症、ため込み症と本件犯行との関連性や影響の機序に関する説明の信用性を肯定しました。
 さらに、山口地方裁判所岩国支部は、(3)について、お金を節約したいとの了解可能な動機や犯行態様が巧妙で、買い物客を装おうといった合理的なものであるといった検察官が指摘する動機の了解可能性や犯行態様の巧妙性、合理性からすると、「被告人の行動制御能力が著しく減退していたとまでは評価できないが、被告人の行動制御能力の減退の程度が著しいという程度に至らない場合にお金を節約したいとの考えを抱くこと自体がおよそ不自然なことであるとは言い難いし、被告人がこれまでも万引きを繰り返していることに照らすと、被告人がコップやパンを手に入れたいとの衝動のもと自身の行動を十分に制御できなかったとしても、ある程度巧妙な態様や合理的な態様で犯行に及ぶことがおよそ不自然なことであるともいい難い。」と的確に判示し、「そうすると、検察官の指摘する動機や犯行態様等は、被告人の行動制御能力が一定程度減退していたとの疑いを払拭するほどの事情とはいえない。」と判示しました。
 そして、山口地方裁判所岩国支部は、(4)について、「被告人は、窃盗症、神経性無食欲症及びため込み症の影響により、行動制御能力が一定程度減退した状態で本件犯行に及んだといえるから、この事情は、被告人の責任非難の程度を一定程度減じる事情といえる。以上に加え、被害金額が軽微なものにとどまっていることも踏まえると、本件の犯情は再度の執行猶予を選択する余地がないほど重いものとはいえない。」と判示し、犯情の観点からは、再度の執行猶予を選択する余地がある旨判示しました。
 その上で、山口地方裁判所岩国支部は、「そこで、一般情状を検討すると、・・・本件犯行に至るまでの事情について、被告人のために酌むべき事情は乏しいといえる。しかし、本件犯行後の事情についてみると、・・・窃盗症や神経性無食欲症等の精神障害と向き合ってその治療を開始し、今後も治療を継続していく旨誓約していること、被告人と被害店舗との間で示談が成立し、被害回復がなされていること、被告人の弟が当公判廷に出廷し、・・・指導監督を行い、被告人の治療についても支えていくと述べていることなど、被告人のために酌むべき事情が認められる。・・・確かに、治療による効果が具体的に立証されているわけではないが、治療を継続できれば一定の効果がある旨F医師が述べていることに照らすと、被告人がこうした治療を受け、今後も継続していく旨誓約しているという事情を斟酌することは許されるといえる。」と判示し、一般情状の観点から、具体的に再度の執行猶予を付すことも許される旨判示しました。
 
弁護の結果:懲役1年執行猶予5年保護観察付き(検察官の求刑:懲役1年2月)

被告人の方は、治療意欲が旺盛で多数のオンライン自助ミーティングに参加し、裁判の途中で初めて窃盗症の専門病院の入院予約をするなど、回復が期待できる方です。
 追記:2023年2月現在も元被告人の方とは連絡を取っていますが、再犯に及ぶことなく治療を継続されています。