1.増加する高齢者の万引き

 

昨今、テレビや新聞のニュースで、「高齢者の万引きが増えている」といった報道がされています。

下記の図は法務省が公表している平成25年度犯罪白書から引用したものです。これを見ますと、高齢者の犯罪について、殺人、強盗、傷害、暴行等の増加も著しいですが、窃盗の増加が特に際立っていることが分かります(左下のグラフ)。


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この場合の窃盗は、ほとんど「万引き」を意味しているといってよいでしょう。

 

2.前頭側頭型認知症が一つの要因

 

平成26年3月18日、大阪高等裁判所は、執行猶予期間中に万引きをした75歳の女性に対し、再度の執行猶予判決を言い渡しました。この事件の弁護人は当事務所の林大悟弁護士です。

この再度の執行猶予判決を導く要因となったのが、この女性の罹患していた前頭側頭型認知症という病気でした。

 

この前頭側頭型認知症というのは、前頭葉と側頭葉の機能に障害が出る病気です。この女性の場合、専門医によって脳画像検査を実施したところ、前頭葉と側頭葉が萎縮しており、血流が低下していることも確認されました。

この病気の特徴は、簡単に言いますと、他人の気持ちに無関心になる、行動の制御が効かなくなる、計画的に行動できなくなる、等の症状が出ることです。そして、万引き等の犯罪行為に及んでしまうこともこの病気の特徴として挙げられます。

「認知症」というと、記憶力が低下するものをイメージするかもしれません。しかし以上のように、前頭側頭型認知症は世間でいうところの認知症とは異なるものです。

 

林弁護士は、当初、この女性を摂食障害とクレプトマニア(万引き依存症)に罹患していると捉えて弁護活動していました。

しかし、被告人質問においてこの女性が「ご飯を食べても1時間後にお腹がグーとなる」と不可解な発言をしたため、脳の機能障害を疑いました。そこで、脳画像検査を実施したところ、女性の脳に異常があることが発覚したのでした。

 

3.前頭側頭型認知症が万引きに与える影響

 

この女性は、2007年に夫に先立たれて以降、徐々に行動に変化が現れていきました。列挙すると、怒りっぽくなる、周囲の状況に気を遣わなくなる、同じ単語を繰り返す、物をため込む、過食と拒食を繰り返す、等です。そして万引きを繰り返すようになりました。

 

以前のこの女性の人格からすれば明らかに異様な行動です。前頭側頭型認知症の影響で万引きにおよんでしまったことは明白でした。

 

一審判決では、この前頭側頭型認知症の影響が少ないと判断して実刑判決が下されましたが、二審の大阪高裁は、前頭側頭型認知症が大きく影響したと判断し、再度の執行猶予判決を下したのでした。

 

4.まだまだ知名度の低い前頭側頭型認知症

 

当事務所は万引きを繰り返す方々の弁護を専門的に行っていますが、前頭側頭型認知症が原因となって万引きを繰り返すケースは初めてでした。

繰り返す万引きについて、これまではクレプトマニア(万引き依存症)が原因で万引きを繰り返すと捉えていました。しかし、この事件により、少なくとも高齢の方については、クレプトマニアだけではなく、前頭側頭型認知症を疑わなければならないという知見が加わりました。その結果、他の類似事案(高齢者の万引き事案)においても、次々と前頭側頭型認知症の診断がされ、万引きに影響を及ぼしていることが分かっています。

前頭側頭型認知症によって万引きが引き起こされるという事実はまだ広く知られていません。高齢のご家族の方が万引きを繰り返すようになった場合、まずはこの前頭側頭型認知症を疑うべきでしょう。

当事務所では、豊富な脳画像検査経験を持つ医師と連携し、前頭側頭型認知症患者の方の万引き事案に取り組んでいきます。

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